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2012年9月17日 (月)

ツール・ド・三陸 サイクリングチャレンジ 陸前高田

昨年、私たちはかつての南三陸ロードレースの面影を探しに、あの陸前高田の『今』を確かめる、見る、知る、ために、彼の地を訪れた.

目の前に広がった景色は、それはもう現代の日本の風景とは信じがたいものだった.道路だった場所などお構いなしに縦横無尽に砂埃を巻き上げて走り回るダンプカー.うずたかく積み上げられた車、構造物を構成していたと思しき欠片が山を作る.
流されず残った建物は例外なく窓が、壁が抜けている.
ここで目にするものは『自然の猛威』と一言で片付けてしまうにはあまりに胸が詰まるものだった.

昨年の陸前高田については【陸前高田に行ってきました】と【陸前高田に行ってきました2】を.今読み返しても、自分で書いた文章なのに涙が…それだけ、あのとき見たものは衝撃的だった.

今年、再びかの地を訪れることの意味は見る、知ることで、沿うことに繋がること.あれから1年経って、陸前高田は果たしてどのように変わったのだろうか.また、変わらないのだろうか.この目で見て、感じたい.

水沢から陸前高田へ向かう車内.よりによってちゅなどんはお腹が痛くなってしまい、全神経を腹痛を散らすことに集中させるハメになってしまった.けれど、一年前の「陸前高田の街に入る直前の右側にローソンができていたはず」この記憶を拠り所にして、ひたすら我慢.狭い床に座り込んでエンジンの熱で暖をとり息をひそめる.

今回初めてこのキャラバンに参加したしもむ、堀さん、おがわまこと、どらちゃんが同じ車内に居る.運転手はてっちゃん.車酔いしたしもむとお腹が痛いちゅなどん以外は和気あいあいとした車内.
水沢からずっと山あいの道を抜けて、太平洋に流れ込む川にさしかかるあたりで津波の爪痕が見て取れるようになってくる.みんなの口数が減ってくる.言葉を失って、何を言えばいいのかわからなくなっていることが空気に伝わってくる.私は昨年来ている分「あのときより酷くなっていることはない」という確信から、心理的には余裕がある分、お腹痛いのに集中していたけれど.
実際、私の記憶は確かで、思った通りの場所にちゃんとローソンは在って、私としもむは無事、望む形で用を足すことができた.(危なかったw)

受付の時間にはまだ少し余裕があった.昨年、花を手向け、お線香を上げた市民体育館の横を通り、津波の被害を受けなかった小学校へ.ここが今回のイベントのスタート&ゴールである.

今回のイベントは広田半島を昨年とは逆回りでぐるっと一周する(と言っても、37kmの距離なんだけど)【健脚コースA】にエントリーしている私たち.距離短いことだし、てっちゃんと堀さんは3周くらいしてもいいんじゃない?なんて冗談も出てた.

今日は現地に前乗りしていたラバネロのアマチュアロードレーサー界きってのオトコマエ(あくまでちゅなどんの個人評)きぃさん(@key3)が私たちに加わって、総勢13名の大所帯になる.きぃさんの実家はここ陸前高田にあって、子供の頃から親しんでいたおばあちゃんちが津波で流された、という【リアル陸前高田の子】である.
本人は東京育ちではあるけれど、毎年夏はこの地で過ごしてきた彼.変わり果てた『僕の田舎』.津波で流れた家はもちろん同じ場所に建て直せるわけもなく、今まだ、再建さなかだという.
実はきぃさんとは1度か2度飲んだことがあるってだけで、一緒に自転車で走るのは初めて.先日、心拍計の講座でご一緒させていただいたのが直近の機会.

私は昨年、自転車の仲間と南三陸ロードレースを通じて、この地と近づいた.今年はきぃさんという自転車の友人を通じて、またこの地と近づくことになると思う.

イベント自体の参加者は400名くらいだという話しだけれど、自転車とセットで小学校の校庭に人が集まるともっと多くの人がいるような感じがする.この地に近い人がもちろん圧倒的に多いのだろうけれど、駐車場の車を見ていると関東ナンバーもそこそこ.
そして、地元の地名が入った揃いのチームジャージで参加されている方が大変多くみられた.
震災後、周囲の人の目を憚って、普段着で練習をしていたという自転車乗りのみなさんはその後、月日が経って、ジャージにレーパンで練習できるようになったのだろうか…

スタートは基本5名1組で一組につき1人ボランティアスタッフが帯同する.これはレースではなく、あくまでサイクリングイベント.『陸前高田の今』を自転車で走りながらよく見ていってください、という趣旨から外れないように、私たちもゆっくりと漕ぎ出した.
総勢13名の私たちは6名+7名の二組に別れてスタートしたけれど、しばらく先でjoin.

所々、アスファルトが剥がされて、砂利になっている箇所が長くあり、安全のため自転車を降りて押すように促されるシーンがある.一カ所ではなく、何度かそのような場所に出くわす.確かに走りづらい.何もこんなトコロをコースに含めなくても、と思う人がいるかもしれない.けれど、これがこの地の現実、であることを知るにはこれが一番良いのだろうと思う.

私は自分の体験の中に阪神大震災からの復興、という一例を持っている.ものすごい資金とマンパワーを投下して、日に日に、それこそ、みるみるうちに…大きくギャップのついた湾岸高速が開通し、幹線道路が復旧、ビルが建てかわり、倒れた高速道路が…ものすごいスピードで復興を遂げた神戸の街と、一年以上経っても未だ壊すべき建物すら壊し終わらず、瓦礫が積上ったままのこの陸前高田の町.その違いに正直驚いた.

神戸と陸前高田は人口や経済の規模など、あまりに違いすぎる.比べること自体が無理があるほどに.だけど、人が生きて生活していることには変わりない.道路インフラすら、未だこの状態であるというのは、果たして、「そんなもんですか」と飲み込んでしまって良いものやら.

そんな風な感想を持ちながら、先を行く.まだ序盤.

道路脇の火の見櫓(やぐら).草が生い茂る中にあるその櫓はどこも曲がっておらず”しゃん”と立っている.
一緒に走っていたきぃさんが「ここには消防署があったんだよ」

「・・・」

そう言われなければ、まったくそれはそういうもの、な風景である.
無くなった消防署はこの場所には戻ってきてはいなかった.

そして「その先、左側に入ると駅があったんです」、という声に促されて、左に曲がり脚を止める.雑草が生い茂る足下はよく見るとプラットホームであり、覗き込むと錆びきった線路.駅の名前が書かれた小さな看板.
昨年、陸前高田の駅だった所の近くでぐにゃりと曲がって切れた線路を見て♪線路は続くよ どこまでも〜の歌が頭の中を流れ、「それ、嘘やん」とツッコミを入れたことを思いだす.
ここでもやはり同じような感じ.この線路はもうどこにも続いていない.

穏やかな口調でこの地をガイドしてくれるきぃさん.「この先上ってるよー」まで教えてくれてありがとうありがとう(笑)

海岸線を見ながらゆるやかに坂を下る.小さいけれどちょっと奇麗な白い砂の敷かれたビーチになっている.しかしここもどうやら地盤沈下したところらしい.
先発していた何組かがここで記念撮影をしている.それならば…わたしたちも写真くらい撮りますか?と脚を止める.
今回、シクロワイアード特派員として一眼レフ持参のきぃさん.撮影ポイントですよー.
続々と仲間が集まり、ボランティアガイドの方がシャッターを押してくださると言う.これは嬉しいホスピタリティ!
そこへ通りかかったゲストライダーの日向涼子さん.オヤジども、すかさず声をかける「一緒に入ってください!」しかも、クリートのついたシューズで上るのは難しい傾斜のコンクリートブロック、すかさず手を差し伸べる二人のオヤジ!(どらちゃんと仲沢さんだったはず)
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みんなで並んで、ハイチーズ☆

まったく、みんなして、鼻の下が伸び過ぎである.美人を前にして反応が正直すぎるだろうがw

日向涼子さん、ファンライドで連載中の自転車乗ってるモデルさん.てのがちゅなどんの認識である.その彼女がわたしのジャージを見て驚きの発言.

「もしかして…ウワサのちゅなどんさん?」

えぇぇーーー?!!(゚ロ゚屮)屮なんでちゅなどん知ってるのぉー?しかも、ウワサってナニっ?
よく聞いてみると、「やたらと自転車に乗るオンナがいるらしい」というウワサだそうな.一同爆笑、である.
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えぇ、まぁ、確かに乗ってますケドw
最近、名前が一人歩きしているのは知っていましたが、まさかそんな遠い(いや、以外と近いのか?w)ところにまで伝わっていようとは.今度、機会があったら走りましょう、と約束したぞ.いやいや、嬉しいものです.
登り中心で練習しているという彼女.ぜひ一度ご一緒させていただきたい.(私は平地ツキイチ専門(弱)ですがw)

さて、そろそろ小腹が空いてきた.エイドステーションがあったはずだ!と思った矢先にエイドステーション!美味しそうな【おやき】が4種類、振る舞われています.『何個食べてもいいわよー』『オレンジもあるよ』『バナナもどうぞー』…すごい!しかもここのおやきがですねぇ、超絶旨いんですよ.小倉以外の3種類ひとつずつ食べちゃったんだけど、ほんとどれも美味しくって.(小倉はもうお腹がいっぱいになっちゃったから食べられなかっただけだよw)
1
ここでまた堀さんが姿を消した.「行く時は声かけてね」って言っていくあたりが、一応学習(笑)の跡がみて取れるのだけれど…どこへ行くとかも言わずに見えないところに行ってしまわれると、声かけようにも…どうしようもないじゃん…
ならば仕方ない.( ̄ー+ ̄)

『な る し ま の っ  堀 さ ーーーーーー ん っ 』とちゅなどんのよく通る大きな声でお呼出し.『みんなの居るところへ戻ってくださぁーーーいっ』と.それも5回も6回も(笑)
クスクスと周囲から漏れる笑い声など気にもとめず堀さんの名前を叫ぶちゅなどん.それが聞こえたのか聞こえなかったのか、分からないけれど、しばらくたって堀さんが戻ってきた.それを確認して後半へ出発!

えんやこら、えんやこら、と上る.そして、下る.脚には飽きのこない楽しいコース.これがもしレースペースだったら…うんざりイヤンなことになるだろうけれど、サイクリングだとこれもまたいと楽し.

小さな集落に向かって下っていくところで・・・これか!これがそうなのか!
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昨年、話しには聞いていた大漁旗!かつての南三陸ロードレースでもこの場所にこうやって大漁旗が飾られたそうである.これは当時を知る人はみんな嬉しいでしょうねぇ.
そして、これを再現してくださった地元の方々の計らいに心からの感謝を!

陸前高田のみなさんは、自転車にとってもフレンドリー.
当時、ロードレースの当日の朝には、全長40kmを超えるコース上を町のみなさんが掃き清めてくださったそうです.もしかしたら、この日も同じようにしてくださっていたのでは?と思えるほど、路面はきれいでした.

いよいよ終盤.広田半島の付け根のあたりまで戻ってきました.
「うち、ここだったんだよ」ときぃさんが指をさしたそこは…草しか生えてない更地.隣のブロックにはうずたかく積上る瓦礫…道路の向こう側の田んぼはきぃさんちの田んぼで、ここも潮をかぶってしまい、田んぼとしては使えない.土の塩抜きってどうやるんだろうね.それか潮に強い落花生やサツマイモ、トマト作るしかなくなるのか?

そこにかっこいいスペシャの自転車に乗ったチビっこ登場.そう.これがきぃさんJr.である.Jr.を親戚のおじさん、おばさんに預かってもらって参加していたきぃさん.『パパがんばってー』と現れた応援にきぃさん嬉しそう.

積上った瓦礫の脇を通り抜け、スタート直後に走った砂利道をもう一度.
そして、あの市民体育館の前の直線道路で巴さんが『この辺りから位置取り合戦だったんだよ』テツヲ『そうだな…』やはり思い浮かべるのはレースのゴール直前の場面なのね.
なんとも言えない空気に一瞬包まれた.また、あのみんなに愛された南三陸ロードレースがこの地で開催される日は来るのだろうか.

きっと、あの頃を知ってる人はまだここにたくさんいて、『もう一度』と情熱をお持ちの方もきっといらっしゃるのだろう.沿道の声援も、大漁旗もそんな風に思わせてくれるには充分すぎるほどだった.

無事、走り終えて、ゴールをくぐる.
地元のお店が飲食や土産物のブースを出している.かけつけ一杯、まずはおがわまことがびーる!私も一口頂戴する.ウマイ!
Photo
きぃさんがガイドしてくださったおかげで、私たちは他の参加者のみなさんより、より深くこの地に親しむことができました.本当に、ご一緒できてよかったです.ありがとうございました!

そして、今年もご一緒してくださった、みなさま、楽しい大人の遠足でした.そして、来年もまた継続してこの地を訪れて見続けていきたいと願う気持ちでございます.

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コメント

陸前高田のチームタカタのShibataです! 昨年皆さんが陸前高田に来られた時にアップルロードで遭遇した者です。

今回はボランティアで健脚Bに参加しました!私的には 亡くなったチームのメンバーの追悼サイクリングという想いで当日は走りました!

スタートしてから ずーっと最終走者の後を走り 地元チームとして全ての人達のゴールを見届けてることが出来ましたことに感慨無量の想いがありました!

また来年、お待ちしてます!

Shibataさん.
やっぱりいらっしゃったんですね!きっとあの中のどこかにはいらっしゃるだろうと思っていました.ご挨拶できず残念です.
来年以降もこのイベントは継続されるのでしょうか?私もまた参加したいと思っています.
そして、再びロードレースも開催できますことを祈っています.
ありがとうございました!

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