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2011年8月 2日 (火)

陸前高田に行ってきました.

昔、陸前高田市ではロードレースが開催されていたそうです.
過去、10回以上出たんだよ、というパインヒルズNakazawaさん、NOZさん、小川さん、そして、最速のパティシエ巴シェフ.

今回は彼らの思い出がたくさん残るその地を『見ておきたい』という旅です.私もご一緒させていただきました.

私は過去何度も書いている通り、テレビは見ないし新聞も読まない.マスメディアからは限りなく遠いところで暮らしています.ですから、この震災以降も最低限の情報収集しかしていません.はっきりいって「地震と津波があったんだ」程度、といっても過言ではない世間知らず.

もちろん、陸前高田も地名は知っていますが縁もゆかりもない土地のこと.地震による津波で多くの人命が失われたことは文字面では知っていて、遠いなりの捉え方で心を痛めてはいたものの、それを敢えてたぐり寄せてまで共感し心底を痛めるまでには至りません.

ただ、今、目の前に知る機会が訪れたとき、それは私が『知るべきときが来た』という理解で、すすんで受け入れる、できるだけアンテナを高くして.そして見て、知ったとき、私はどう感じるだろうか.感度を上げて向き合おうと、それだけを心に決めて、みちのくへ.

今回は水沢にある巴さんのチームメイトつっちー氏のお宅で前泊させていただきました.今回は全員寝袋持参.
深夜までいろんなお酒を飲んで、語ります.自転車の話、サプリメントの話、そして、南三陸ロードレースりくぜんたかたの話.
仲沢さん「俺、勝ったことあるんだよ.逃げて」 その時のことをまるで昨日のことのように話してくれる.あの『いい声』で.巴さんも、NOZさんも、小川さんも、それぞれにあの時はあぁだった、こうだった、と….

コース沿いに漁船の大漁旗がずらーーーっと並ぶんだよ.(さぞ壮観で気分も高揚したことだっただろうね)
全長45kmのコースを当日の朝、街のひとが竹箒(たけぼうき)で掃き清めてくれるんだよ.とか.
それでさ、応援がすごいんだよ.もう民家の庭先を通るコースだからね.(それはがんばらないわけにはいかないね)

みんなの思い出話が私と陸前高田をどんどん近づけてくれるような気がした.

そして、家主つっちーが爽やかかつ熱い口調で震災後、この地がどんなだったか、を話して聞かせてくれる.そのときちょうどテレビで陸前高田の映像が流れて「あぁ、ここがレースで怪我したら運ばれる病院だよ.NOZさん、運ばれたことある?」「おれは怪我したことないからないなー」など、それでもなおとりとめなく話は尽きない.

そして翌朝、この水沢から自転車で陸前高田を目指す.
写真中央の体育の先生みたいな人がつっちー.お世話になりました!ありがとう.
P1110002

水沢から陸前高田までの距離は約60km.短いとは言え、山越えコースと聞いて(汗)私はすすんでサポートカードライバーを買って出る(弱w
P1110003

きたきた.まだ一つ目の上り.全員ひとまとめにパックになってあらわれる.
P1110004

と思いきや…
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なかざわさん、マイペースです.
この後、サポートカーはなかざわさんを峠のピークまでお連れして放流.普段お世話になっているご恩返しができて、これ幸い.

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上る、上る.こんな上りが何度あったことか.今日はわたし、ほんと乗るって言わなくて、正解.みんな、がんばってー♪

P1110034
サポートカー、仕事しています.(撮影:ゆみちゃん)
後ろのワンボックスはおーいわ号.あいちゃんがドライブ.

P1110036
この角を曲がったら、陸前高田まであと17km(だったはず).
私は先頭の二人(NOZさん、巴さん)を捕まえに先行.ルートは下り基調に転じてしまい、かなりのスピードで追うのに見つからない.あぁ、もうこれは先に陸前高田に入っちゃっただろう.

きもち、先を急ぎながら、ふと、景色の異変に気がついた.橋脚だけが残された橋.田んぼだったと思しき土地に刺さったまんまの車.この川も津波で逆流したのだろう.
そして、ここから数百メートル、時間にして数秒で景色が一変した.(車だからね)

押しつぶされたようにひしゃげた車が積み上げてある.それも半端ない数.
撤去された瓦礫の山があちこちにあり、辺り一面に建物は数えるほどしかない.
行き交うのはダンプばかり.ショベルで建物を壊し、その瓦礫を運んでいる様子があちこちに見て取れる.

NOZさんと巴さん、どこに居るんだろう… 路肩にクルマを寄せて電話してみると.「まだあと15kmくらい.道、間違えちゃったみたいなんだよ」って…どうりで捕まらなかったわけだ.
ちょうど後方のみんなとも会えたみたいだし、揃ってこちらに向かっていただくことにして、待っている間、私たちは車でぐるりとあたりを回ってみることにした.

とは言っても、何に目を向ければいいのか…何も、ない.
かつて道路だった通りのほとんどは災害復旧車のみが通行可能で一般車は進入禁止の看板が立てられています.
P1110040
数少ない、一般車が入って良さそうな通りにクルマを入れると、生ビールに使うCO2ボンベや大きく凹んだ消化器、ポリタンク、ゴルフバッグ、それにえべっさん(大黒様)の木彫りの像がひとまとめにして置いてあるのに目がいった.

P1110039
その向かいにはショッピングセンターだった建物.
駐車場に止まっていた軽自動車からおじさんがこちらを見ている.ここに着いて、はじめての「人」.叱られやしないかしら、という気持ちが少しだけ心の隅にあったけれど、ここはちゃんとご挨拶しよう、と声を絞り出した.

「こんにちは」

どうしよう、何か言いたいけれど、言葉が見つからない.「がんばってください」という言葉は頑張ってきた方にかけるものではない、とは思いつつ、それしか浮かばない.
仕方ない.それをそのまま伝えよう.

「がんばってください.もうここまでも十分がんばってこられたことでしょうけれど」

すると

「もう、がんばらないことに決めたんです.無理しないで、ゆっくりやっていこうと」

あぁ、わかる.吉田工務店、と書かれた車から降りてきたおじさん.
まだみんながここに入るまでは時間がかかるだろう.私も車のエンジンを切って、おじさんと話してみることにした.

「良く来たね.しっかり見ていって」

笑ってこう言えるようになるまではいろいろあったんだよ.一時は渋滞ができるほどの野次馬も多かったし.だけど今は、たくさんの人に助けてもらえることに感謝しながら、やっていこう、ってね.

その言葉で胸のつかえが取れたと同時に涙が止まらなくなった.

道路も何もわからなくなったところに車を通すためにさぁ、転がっている遺体を抱きかかえてね.子供だったんだけど、安らかな顔をしていてね….

おじさんは自分が体験したことの中で、私が聞くべき話をしてくれたんだろう、と思う.おだやかな口ぶりだったけど、「あれはまさに地獄だったよ」 一見どこにでもいる人の好さそうなおじさんから出たこの言葉は嘘ではないと思った.
修羅場をくぐった人の強さを感じた.

ゆみちゃんが、遠くに自転車の姿を見つけてくれた.みんなが着いた.
おじさんにお礼を言って、無事、みんなと合流.

海に近い国道45号.
「あそこにいつも泊まってたんだ」「で、道の駅で前夜祭だったんだよ」
とNOZさん、仲沢さんが瓦礫の山の向こう側に屋根だけが見える建物を指差して説明してくれる.

P1110043
「そうそう、レースで勝つと、翌年このホテルの宿泊券がもらえたんだ.最上階のスイートルーム.家族で来て泊まったなぁ.ほら、あそこの部屋だ」
仲沢さんが指差す方に目を遣ると、なるほど、最上階だけ窓の造りが違うね.

「じゃぁ、スタート地点に行ってみようか」
陸前高田の市役所がスタート/ゴール地点だったそう.みんなで市役所へ.

(ちょっと長いから続きはのちほど)

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